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台湾でワーホリ!?
パラパラとニュースを見ていると
こんなのを発見しました。
「年内に台湾との間でワーキングホリデー制度締結」
ついに台湾にもワーホリで行ける時代になるんですか〜
国交もないのにね〜
おそらく台湾から訪日する人の人数が
圧倒的に多くなるんでしょうが。
中国語を勉強してみたいけど、中国に行きたくない
人には朗報かも?
こんなのを発見しました。
「年内に台湾との間でワーキングホリデー制度締結」
ついに台湾にもワーホリで行ける時代になるんですか〜
国交もないのにね〜
おそらく台湾から訪日する人の人数が
圧倒的に多くなるんでしょうが。
中国語を勉強してみたいけど、中国に行きたくない
人には朗報かも?
『闘茶』
7月12日から公開の映画です。
日本で台湾を舞台にした映画はあまり多く
ないのが現状です。
これは京都と台湾を舞台にして、話が進んで行くようです
ちょっと解説読んだだけですが、西門、猫空、永康街など
訪れたところが多いので、いつか見てみたいです。
台湾好き、お茶好きには必見かな?
単館ロードショウみたいなので見るのが大変でしょうが。
なぜか、高槻では上演されるようですが。
詳細は
日本で台湾を舞台にした映画はあまり多く
ないのが現状です。
これは京都と台湾を舞台にして、話が進んで行くようです
ちょっと解説読んだだけですが、西門、猫空、永康街など
訪れたところが多いので、いつか見てみたいです。
台湾好き、お茶好きには必見かな?
単館ロードショウみたいなので見るのが大変でしょうが。
なぜか、高槻では上演されるようですが。
詳細は
台北ちょっと昔の旅
初めて台湾に行ったのが1997年。
当時はMRT(地下鉄)の路線網もほとんどなく
移動はタクシーかバスが主体であった。
今ではどこにでもあるコーヒー店を見かけることは皆無に
近かった。そして、どこかにアジアの曖昧さと猥雑さが混在
している時代だったのかもしれない。
発展する時に発する国の匂いがあったように思う。
あの当時の夜市と今のでは雰囲気が全然違うように感じる。
民主化され、大小はあったものの台湾国民全体が豊かになってる
という実感があったんだろう。
もちろん今では世界を代表する台北101は影も形もなく、
台北駅横にある新光ビルが一番高かった。
当時の台北は大阪よりも小さい街に感じた。
1997年を出発点にして、翌年からほぼ毎年台湾を訪れて
変化を体感してきたと思ってる。
台北は1年ごとに変貌していった。
徐々にコーヒーショップとパン屋が増えていき、
人の移動手段はバスからMRTへ移行していった。
行くたびに街にあった段差はなくなり、台北駅前はキレイに整備さ
れていった。コンビニの数は爆発的に増えどこにでもある状態になった。
信義区に台北101と新光三越ができたころには先進国と似た
匂いに変わってきた。これが2005年だ。
不思議なことだが、経済の発展と車の運転には相関関係が
あるように感じる。台湾の運転マナーはこの10年で飛躍的に
向上しと思う。それも、人々に余裕ができるぐらい経済発展した
からだろうか?
夜市は変わった。飲食店は1カ所に集められフードコートに
近い形になった。以前ほどの勢いを感じられない。
日本語の通用度も下がった。
10年前は戦前教育を受けた老人たちに声をかけられる
ことも少なくなかった。ところが最近、そういう機会がめっきり
減った。変わって英語が通じるようになってきた。
変化し続けるメトロポリタン台北。
10年後にはどうなってるんだろう?
当時はMRT(地下鉄)の路線網もほとんどなく
移動はタクシーかバスが主体であった。
今ではどこにでもあるコーヒー店を見かけることは皆無に
近かった。そして、どこかにアジアの曖昧さと猥雑さが混在
している時代だったのかもしれない。
発展する時に発する国の匂いがあったように思う。
あの当時の夜市と今のでは雰囲気が全然違うように感じる。
民主化され、大小はあったものの台湾国民全体が豊かになってる
という実感があったんだろう。
もちろん今では世界を代表する台北101は影も形もなく、
台北駅横にある新光ビルが一番高かった。
当時の台北は大阪よりも小さい街に感じた。
1997年を出発点にして、翌年からほぼ毎年台湾を訪れて
変化を体感してきたと思ってる。
台北は1年ごとに変貌していった。
徐々にコーヒーショップとパン屋が増えていき、
人の移動手段はバスからMRTへ移行していった。
行くたびに街にあった段差はなくなり、台北駅前はキレイに整備さ
れていった。コンビニの数は爆発的に増えどこにでもある状態になった。
信義区に台北101と新光三越ができたころには先進国と似た
匂いに変わってきた。これが2005年だ。
不思議なことだが、経済の発展と車の運転には相関関係が
あるように感じる。台湾の運転マナーはこの10年で飛躍的に
向上しと思う。それも、人々に余裕ができるぐらい経済発展した
からだろうか?
夜市は変わった。飲食店は1カ所に集められフードコートに
近い形になった。以前ほどの勢いを感じられない。
日本語の通用度も下がった。
10年前は戦前教育を受けた老人たちに声をかけられる
ことも少なくなかった。ところが最近、そういう機会がめっきり
減った。変わって英語が通じるようになってきた。
変化し続けるメトロポリタン台北。
10年後にはどうなってるんだろう?
台湾と台湾人
バンクーバーに住んでると、嫌でも人種問題に
ぶち当たってしまいます。
ちょっと込み入った話になると歴史の問題が噴出したりします。
日本人は定義しやすいです。
先祖は中国からきた人も韓国から来た人もいるでしょうが
この1000年ぐらい日本に住んでる人はみんな
日本人なんですよね。そして、日本語を話してる。
さて、本題の台湾に移りましょう。
台湾人とは?
まずこの定義が非常に難しいと思います。
台湾に住んでる人がすべて台湾人なのか?
台湾の場合、大きくわけて
戦前から住んでる=本省人
戦後、国民党とともにきた=外省人
になります。
いわゆる本省人は日本語教育を受けた人たち。
一方で外省人は中国共産党(今の中華人民共和国)と共に
日本と戦ってた人たち。
60年前に大量移住してきた中国人と台湾人(本省人)が
混成してるんですよね。約85%が本省人ですが。
ただ、第三世代(戦後からみて)である20代にはあまり
深い意味をもたないみたいですが。
台湾はどこの領土なのでしょう?
中国人ならすぐに「中国の一部です」と
答えてくれるはずですが、そんな単純な話ではないですが。
台湾は独立してません。
しかし、完全に中国とは異なる文化を持っており
中国と一緒にするのはおかしいと思います。
台湾は台湾です。
変な話ですが、台湾人と話ししてると日本人以上に日本人
やな〜と思う時があります。きっとそれは、歴史が生んだ遺産
なんでしょう。彼らのおじいさんは日本人と同じ教育を受け
日本人と育ってきたわけです。
その人たちの孫が日本人と似た感覚を持っていても不思議では
ないはずです。
ぶち当たってしまいます。
ちょっと込み入った話になると歴史の問題が噴出したりします。
日本人は定義しやすいです。
先祖は中国からきた人も韓国から来た人もいるでしょうが
この1000年ぐらい日本に住んでる人はみんな
日本人なんですよね。そして、日本語を話してる。
さて、本題の台湾に移りましょう。
台湾人とは?
まずこの定義が非常に難しいと思います。
台湾に住んでる人がすべて台湾人なのか?
台湾の場合、大きくわけて
戦前から住んでる=本省人
戦後、国民党とともにきた=外省人
になります。
いわゆる本省人は日本語教育を受けた人たち。
一方で外省人は中国共産党(今の中華人民共和国)と共に
日本と戦ってた人たち。
60年前に大量移住してきた中国人と台湾人(本省人)が
混成してるんですよね。約85%が本省人ですが。
ただ、第三世代(戦後からみて)である20代にはあまり
深い意味をもたないみたいですが。
台湾はどこの領土なのでしょう?
中国人ならすぐに「中国の一部です」と
答えてくれるはずですが、そんな単純な話ではないですが。
台湾は独立してません。
しかし、完全に中国とは異なる文化を持っており
中国と一緒にするのはおかしいと思います。
台湾は台湾です。
変な話ですが、台湾人と話ししてると日本人以上に日本人
やな〜と思う時があります。きっとそれは、歴史が生んだ遺産
なんでしょう。彼らのおじいさんは日本人と同じ教育を受け
日本人と育ってきたわけです。
その人たちの孫が日本人と似た感覚を持っていても不思議では
ないはずです。
日本アジア航空
ご存じの方もいるかもしれませんがJALの子会社で
台湾を専門に運行していた航空会社です。
この3月いっぱいをもってJALに吸収されます。
JAA=EGは歴史の狭間で生まれた航空会社でもあります。
1972年の日中国交正常化を機にできたのです。
この日中国交正常化の裏を返せば台湾(中華民国)との国交断絶と
いうことになります。
政治的配慮より同じ航空会社で台湾と中国に就航するのは
まずいということになり生まれました。
今でも台湾と日本には国交はありません。
でもなぜかビザも必要なく行き来できるのですが。
そんな航空会社の存在が必要なくなったのは時代の変化なの
かもしれません。中国は台湾を自分の領土だと言ってるものの
全く文化が違うし、合間みれない部分が多いんじゃないかと
思います。
先日、上海を訪れ、改めて両国の違いを実感することになりました。
いつかすべての人が中国、香港、マカオ、台湾の違いを理解する日を
望んでいます。一括りに中国とするにはあまりにも強引だと思うので
台湾を専門に運行していた航空会社です。
この3月いっぱいをもってJALに吸収されます。
JAA=EGは歴史の狭間で生まれた航空会社でもあります。
1972年の日中国交正常化を機にできたのです。
この日中国交正常化の裏を返せば台湾(中華民国)との国交断絶と
いうことになります。
政治的配慮より同じ航空会社で台湾と中国に就航するのは
まずいということになり生まれました。
今でも台湾と日本には国交はありません。
でもなぜかビザも必要なく行き来できるのですが。
そんな航空会社の存在が必要なくなったのは時代の変化なの
かもしれません。中国は台湾を自分の領土だと言ってるものの
全く文化が違うし、合間みれない部分が多いんじゃないかと
思います。
先日、上海を訪れ、改めて両国の違いを実感することになりました。
いつかすべての人が中国、香港、マカオ、台湾の違いを理解する日を
望んでいます。一括りに中国とするにはあまりにも強引だと思うので



